沖縄の景観には2面性があると思う。良い意味での明るさのある「饒舌」と、大人の静かな悲しみ「寂寥」ではないだろうか。
沖縄の風土・伝統・景色・食べもの・人柄などは実に楽しい。今人気の沖縄の「生きてるだけでまるもうけ」と言う歌は明るく、つかの間の希望と怠け心もある。
その一端としての景観を前回に引きつづき提示してみたい。とくに円運動を思わせる形は幸福な何かを。また自然素材の色彩は現代感覚をも優しく引き立てる。
1「饒舌」と「寂寥」の沖縄
神のパワーに出会える神聖な環境 御嶽(うたき)が各所に
今一つにガジュマルの巨木は沖縄の人々の強い心を支える存在に思う
屈託のないメリケン色彩は今も健在
基地を取り巻く意外にシックな色彩
沖縄らしい淡く優しい節度のある都市景観の色彩感覚
屋上の給水タンクの処理も今は工夫があり楽しい
泡盛のカラ瓶の置き場もなかなかである
魅力的な沖縄ぜんざい店の鮮やかな注文係マスコット
管理人さんのご好意で公共施設の屋上緑化と日陰の広場を見る
2 沖縄の持つ優しい風景のドミナンス
筆者は沖縄を訪れる度に、この麗しき風景風土に魅了されると同時に、別の深い悲しみの感情が湧いてくる。
それは人のいない今帰仁城跡の石垣の上を一人巡れば、おそらく誰でもがきっと抱く一種独特の郷愁であり、かって栄えた琉球王朝のこと、いやそれ以上に先の大戦で、沖縄の被った筆舌に尽くせない多くの人々の悲劇への想いであり、そして復興の心である。
筆者が沖縄で好きな所は、一見何もないような海山の風景、場所、植物と一体の建物、街並み、そして気楽に微笑んでいるような植物草花。
戦後にアメリカナイズされたようなものであっても、どこか沖縄の大切な基本が見え感じる。
3 美しき今帰仁城
世界遺産の美しき城跡が沖縄には数多くある。今帰仁城跡は、まるでスコットランドの古城跡のようなさみしき様相と、さらに強く芭蕉の句「夏草や兵どもの夢のあと」の回想が交互に入り混じる、この上なく魅力的な環境。
それは80年余り前、筆者の誕生以来の日本が犯した戦争の後遺症が未だ終わらず、日本列島も朝鮮半島の国も、台湾も、東南アジアの国々も、問題多き原因が世界の力関係で引き続いている。
それらに触れるにつれて日本の過去現在そして未来への想いが呼び覚まされる。今国会で進む軍事費40兆円プラス3兆円は、同じ不幸への轍を我が国は懲りずに進めてはならない。世界平和のために、日本の未来のために・・・。
4 アクアポリス回想
およそ50年前に筆者は、沖縄国際海洋博覧会のシンボルであった浮遊式海洋未来都市の行くへに、ふとした縁でその終末のあり方のひとつに関わり、浮遊都市の四方のデッキをぐるりと一周巡りして、海の風景を楽しめるゴンドラの提案したことがあった。
希望に満ちた筆者の青春晩期のイメージ提案ラフスケッチ
アクアポリスはその頃すでに、眩しく真っ白な階段を上り降りするだけでも不安に思えるくらい、下地の鉄板は錆びつき始めていた。
当時まだ発展途上であった日本が、背伸びし実現した菊竹清訓建築設計事務所の沖縄国際海洋博覧会のシンボル未来都市アクアポリスは、日本の建築や都市計画の当時若いデザイナー達にとって未来に向かう希望の星であった。
だが結論から言うと、人気を博したこの巨大な総工費百数十億円の未来実験都市は、わずか千数百万円で米国企業の手で中国上海に向け曳航し解体されることになった。発想から25年の命であった。
これが希望に燃える未来とは・・・であることを知った苦い想いの記念碑である。その筆者の提案資料も今はなく、全体のイメージをさっとに書き直してみた。(実際のアクアポリスについてはネットで詳しくご覧いただける)
5 年々暴れる気候変動への応えは 母なる地球の介護に尽きる
筆者はその後もポジティブな明るさに影響されたか、幾つかの空想を描いてみた。「風土と伝統を活かし未来を創る」というデザイン思想で、クラフト、家具インテリア、車両、博覧会、環境デザイン全般、また地球の気候変動への対応を意図した未来都市の提案や都市再開発にも関わってきた。
近年の地球環境は、人間の果てのない欲望の物質文明で、天空も海も山も川も凶暴になり、大気も風も、気温、紫外線その他で、空気も水も地下水も川も海も汚染、増水、旱魃等でますます世界中が不安定になり心配である。
その後ポジティブな明るさに触発された幾つかの空想を描いてみた。(再度の提示)
「エコキャピタル」と周辺「エコポリス」40年前の提案
近未来の地球環境は今のままでは済まない
温暖化は海水を押し上げ嵐は都市を滅ぼす
天空海大地は気候変動と UVと汚染が進む
未来都市は地上に降り立つ巨大な宇宙船に
未来人は古の豊葦原と縄文の海上都市に暮す
人は大地を追われエコキャピタルに移り住む
子供達もお年寄りも花も昆虫も家畜も皆一緒
家も学校も広場も道も店もオフィスも工場も
皆が安心に暮らせる平和なエコキャピタルに
人の土地所有や、これ以上地球から食料や資源の収奪を回避する自然の生き方に、動植物の繁茂も、大地と海の自由勝手な自然の行為を解放し、人は宇宙船のように外部環境から守られ、時には或いは節度を保ち、自由に大地と海と戯れ自然に従う、稼働解放できる環境を構築する。
平面から立体空間へと徐々に環境を構築展開して未来を生きる。国境と国の概念から離れ、本物のSDGs世界を目指そう。
アクア・エコポリスの基盤になる想像図。それぞれの都市の場所と特徴での大きさ規模で、暴風と紫外線カットのドームで覆うことになる。
6 エコポリスに移住する前段階の事例 JR岐阜駅前再開発 杜の駅の意味
エコポリスに移住する前段階として、東アジア5千年の幸せな都市デザイン思想である「四神相応」をベースに、岐阜の風土伝統、歴史資料、街並み、産業、金華山という市街地に最も近い高い山の岐阜城、清流長良川、イエズス会と信長の深い関係などを取り入れた、有機的曲線、そして地上は大型交通拠点機能と交流広場、美濃地域のビオトープ休息エリアで。
JR岐阜駅前の再開発は、地上は車とスカイデッキで人車の分離、伝統の形と色彩で周囲地域との連続性を工夫し、行政、コンサル、設計事務所と連携し、委員長兼デザイナーとして取り組んだ。
見上げるスカイデッキには岐阜の木質のルーバー格子に照明を仕込み、足下の路面には廃棄物汚泥を地元産業のできる限度でグレーのタイルに。なぜか竣工後駅周辺のガムの吐き捨ては無くなった。「人が環境をつくり、環境が人をつくる」のであろう。
岐阜駅前広場
7 戦争は物質文明の経済活動の一環である
人類はどこまで未開で幼稚な生き物であることか。あるいは国境なき世界をコントロールする、何とも計算高い裏社会の利益追求の経済活動であることなのか。
どうであれ一般の人類は微笑みを持って生きぬく逞しさを持って、「心の文明」の実現に向けて生きて行くだろう。
またわが国の心の問題としては、今回G7サミットが広島で開催されたが、わが国が最も強く平和を叫ぶべき国でありながら肝心の日本政府は、相変わらず戦勝国寄りの立場で、世界も日本国民も失望。明治以降先進国に怯え倣い侵攻侵略し、最後に無惨に敗退し、無条件降伏したツケは永遠に残るのだろうか。
それは日本国民、特に次世代の未来の心に、どれほどの影響を及ぼすかを政治は知るべきである。無謀な戦争の償いはいつまで経っても終わらないが、世界の人道的問題については別であり、未来に向けて挑戦すべき最優先のテーマであると考える。
8 デザイン・色彩は 未来を公平に実現する心の文化である
いずれにしても麗しき沖縄は、現在も東アジア太平洋の米国の重要な軍事的拠点であるが、ナポレオンも信じなかった軍隊のない平和の楽園は、日本の平和を背負うシンボルである。
中でもわが国内の中世の争いの中から、260年の平和と近隣諸国と友好関係を保って来た江戸期と言う世界的にも稀な平和な時代も存在したこと、そして何百年も世界に先んじて、他には見られない抽象化と繊細この上ない中世の深い精神芸術文化を伝承してきた実績も。
そして現在も世界の最先端のものづくりも、人の感性の奥深い日本の中世伝統文化の焼き物や版画、食文化などを最後までとても愛した、スティーブ・ジョブズの、産業への実践の心は、物質文明と心の文明の橋渡し役としても、日本人は改めて学ぶべきであろう。
9 まとめ
ところでわが国は、人口減少、国力の衰退、AI・ズーム等と、また世界の急務である地球環境修復の今、100年前の同じことを、我が国は各方面でしてはいないだろうか。
物質文明から心の文明への転換機であるのに、人の肉体を少しでも早く運ぶために神聖な野山を穢してはいないだろうか。
利を追求するのは物質文明でも心の文明でも同じである、両者が対等であれば中庸の幸せ平和であり、それが見当識であろう。求める究極の目的は同じでも、人は他の動植物とは異なり自然の摂理に素直に従えず、不完全な裸の猿になったので、個々それぞれが欲望を主張する。
その猿であっても、それを補うためか、洋の東西で2500年前に宗教・哲学の偉大な人物は生まれたが、それがかえって細部にこだわる争いになり、また物質文明の技術競争が加わり混沌の現在に至る。
デザイン・色彩とは、その双方を素朴に公平に解決する大きな役割を持っているのではと思う。
開戦一ヶ月前に生まれ、およそ80年を見てきた最年少者と言ってもいい筆者の考えは、さらに年長の方には及ばないものではあり、若い世代に教わることも多いが、それ以上に伝えるべき、今も昔も変わらない大切な責任があると思う。
続く・・・
寄稿文 一舟・光秀(林 英光)
環境ディレクター
愛知県立芸術大学名誉教授
東京藝術大学卒業
※画像並びに図表等は著作権の問題から、ダウンロード等は必ず許可を必要と致します。
発行元責任者 鎹八咫烏(ZIPANG TOKIO 2020 編集局)
アーカイブ リンク記事をご覧ください。
令和4年(2022)、沖縄県は復帰50年を迎えます。かつて琉球王国として独自の歴史と文化を有した沖縄は、明治以降の近代化や先の戦争という困難を乗り越え、現在もその歴史、文化を未来につなぐ努力を続けています。5月3日(火・祝)から6月26日(日)まで、上野の東京国立博物館 平成館で開催される特別展「琉球」は、王国時代の歴史資料・工芸作品、国王尚家に伝わる宝物に加え、考古遺物や民族作品などのさまざまな文化財を一堂に集めた、大変貴重な機会です。
また、沖縄県では、平成27年度より琉球王国文化遺産集積・再興事業として、失われた文化遺産の復元に取り組んできました。この事業によって制作された復元作品も多数展示します。琉球・沖縄の歴史や文化を総合的にご覧いただけるまたとない展覧会を是非お見逃しなく!
琉球・沖縄の歴史や文化を約290件の作品で紹介!
(詳細は本文にて・・・)
ZIPANG-6 TOKIO 2020 沖縄復帰50年記念 ~特別展~「琉球」開催記念 沖縄はみんなの宝「お台場沖縄まつり in アクアシティお台場」を開催!
https://tokyo2020-6.themedia.jp/posts/33680193
滋賀県東近江市 琵琶湖の内湖の一つ、伊庭内湖(イバナイコ)。禁漁期を設け、定期的にヨシを焼くなど、地元の皆さんが大切に守り続けて来ました。今では、琵琶湖で獲れる高級魚「ホンモロコ」の約3割が伊庭内湖で育っています。
(詳細は本文にて・・・)
ZIPANG-3 TOKIO 2020「『環境省』令和元年度生物多様性保全推進交付金(エコツーリズム地域活性化支援事業)の採択結果について」
https://tokyo2020-3.themedia.jp/posts/6355846
琉球列島は日本列島南端に位置します。14世紀中頃には三王国が分立していましたが、15世紀前半にこれらを統一して琉球王国が成立しました。中国・朝鮮・日本・東南アジア諸国との広域の交易を経済的な基盤とし、当時の日本の文化とは異なった国際色豊かな独特の文化が形成されました。その特色を如実に反映している文化遺産が城(グスク)です。
今帰仁城・座喜味城・勝連城・中城城は、いずれも三国鼎立期から琉球王国成立期にかけて築かれた城であり、首里城は琉球王がその居所と統治機関を設置するために築いたものです。これらの城壁は、主として珊瑚石灰岩により造営されており、曲面を多用した琉球独自の特色を備えています。さらに、王室関係の遺跡として円覚寺跡、玉陵、識名園(別邸)が残り、王国文化をうかがうことができます。
(詳細は本文にて・・・)
沖縄 世界遺産「今帰仁城跡」
ZIPANG-3 TOKIO 2020 ~世界文化遺産 今帰仁城跡~ 「聞こえ今帰仁 百曲がり積み上げて 珈玻羅寄せ御ぐすくげらへ 鳴響む今帰仁(1)」
https://tokyo2020-3.themedia.jp/posts/6539473
大石林山 には「バリアフリー対応」の東屋あり。途中ご年配たちの一服ヤスミへの優しい配慮。つい、山形での月山登拝を思い出す。
大石林山は聖なる地
聖地・安須杜(アシムイ)
島建ての神、アマミキヨが降り立ち沖縄最初の聖地、安須杜※を創ったという。
琉球王国時代には王家の繁栄、五穀豊穣、航海安全をこの地で祈り今も四十箇所以上ある御願所(拝所)に神人の祈りが捧げられています。
2億年前の石灰岩層が隆起し長い歳月をかけて侵食された四連の岩山。
地元の古老たちは安須杜の四峰をシノクセ、アフリ、シジャラ、イヘヤと呼ぶ。
大石林山は聖なる地、イヘヤ、シジャラの杜をめぐる自然と対話する場所。
大石林山がある安須杜には40を超える御願所(拝所)があり、断崖絶壁や立穴の洞窟など非常に危険な場所にもつくられていることから、その信仰の深さがうかがえます。 安須杜は長老の杜、峰に名付けられたアフリは天帝の差す傘、シジャラは女性の乳房を意味しています。
※安須杜(アシムイ)
17世紀に編集された琉球最初の歴史書『中山世鑑』(ちゅうざんせいかん)では、祖神アマミキヨによって一番に安須杜が創られたと琉球開びゃく神話を伝えています。 また、12〜17世紀に琉球王府がまとめた沖縄最古の歌謡集『おもろさうし』には、国王の命で安須杜の湧水が王家の長寿を祈る若水として用いられたと詠われています。
(詳細は本文にて・・・)
ZIPANG-3 TOKIO 2020 昔から伝わる聖なる地 大石林山「~琉球神話の杜に広がる自然と対話する場所〜」
https://tokyo2020-3.themedia.jp/posts/6351478
森の賢者「大主(ウフシュ)ガジュマル」
森の賢者との遭遇は、一瞬、思わず息を呑む…静寂の後、感嘆の声が上がる。
ガンガラーの谷は、数十万年前までは鍾乳洞だった場所が崩れてできた、豊かな自然が残る亜熱帯の森。約1万8000年前に生きていた「港川人」の居住区としての可能性も高く、今も発掘調査が行われ、「自然」や「命」に思いを巡らせながら体感していただくことをコンセプトにしています。谷の広さは約14500坪、歩行距離は約1㎞。足を踏み入れて初めて分かる、広大な太古の世界が広がっています。
(詳細は本文にて・・・)
ZIPANG-3 TOKIO 2020~ 生命の神秘をたどる旅とは ~「 あなたはもう行きましたか ⁉ 今、世界が注目する ガンガラーの谷へ」
https://tokyo2020-3.themedia.jp/posts/6373788
沖縄「からじ結い」
風張1遺跡(青森県八戸市)から出土された頬杖土偶
からじ結いの髪型には、縄文時代中期の土偶にそっくりなものがあります。重要文化財にも指定されている風張1遺跡(青森県八戸市)から出土された頬杖土偶は、まさにからじ結いとも捉えられるような土偶髪型ではないかと思います。
沖縄と縄文との関連性はよく言われることですが、髪型からも、その深い結びつきが考えられるのではないでしょうか。
(詳細は本文にて・・・)
ZIPANG-7 TOKIO 2020沖縄の伝統的な髪型「沖縄からじ結い」と頬杖土偶の共通点を考えるー国際文化学園の美容考古学研究所
https://tokyo2020-7.themedia.jp/posts/42184647/
横穴式石室の入り口
三ツ山古墳の発掘調査
豊橋市牟呂町にある三ツ山古墳の発掘調査で、東三河最古の横穴式石室が発見されました。約20年前の発掘調査で石室があること自体はわかっていましたが、それが竪穴式なのか横穴式なのかが判明しておらず、今回改めて行った発掘調査で横穴式石室の入り口が発見されました。
発掘調査の担当学芸員は20年前もこの古墳の発掘調査を担当しており、「謎が謎のままで終わらず、長年の謎が解けて良かった」と語ります。またこの古墳は、周辺の古墳では例を見ない特殊な構造をしていることがわかりました。
ZIPANG-6 TOKIO 2020 学芸員20年越しの謎が解けた!三ツ山古墳で東三河最古の横穴式石室を確認!しかし、 この古墳にはまだまだ謎がいっぱい
https://tokyo2020-6.themedia.jp/posts/39987409
沖縄では食べ物や料理は「命の薬(ヌチグスイ)」
といわれ、健康長寿の源とされてきました。
琉球朝食
沖縄野菜ジュース:ゴーヤー/フーチバー*
小鉢:ハンダマのお浸し/人参シリシリ/ドゥルワカシー
(豚肉と田芋を炊きあげた宮廷料理)
煮物:ラフテー(豚の角煮)/ヘチマ/ごぼう/冬瓜/昆布
玉子料理:アーサ(アオサ)入り出汁巻き玉子
酢の物:恩納村産太もずく
食事:白米又は紅芋ジューシー*/ゆし豆腐 王朝味噌仕立て/アンダンスー/香の物三種
デザート:沖縄県産果物のヨーグルト
ZIPANG-5 TOKIO 2020 沖縄 ~命の薬(ヌチグスイ)~沖縄伝統の味とは⁉「琉球朝食」 一日30食限定!
https://tokyo2020-5.themedia.jp/posts/14411962
※現在、2000件余の記事掲載、下記のサイトからご覧ください。
新サイトの記事をご覧いただけます。
ZIPANG-7 TOKIO 2020 (VOL-7)
https://tokyo2020-7.themedia.jp/
最新の記事をご覧いただけます。
ZIPANG-6 TOKIO 2020 (VOL-6)
https://tokyo2020-6.themedia.jp/
最近の記事をご覧いただけます。
ZIPANG-5 TOKIO 2020 (VOL-5)
https://tokyo2020-5.themedia.jp/
250件ほどの記事をご覧いただけます。
ZIPANG-4 TOKIO 2020 (VOL-4)
https://tokyo2020-4.themedia.jp/
235件ほどの掲載記事をご覧いただけます。
ZIPANG-3 TOKIO 2020 (VOL-3)
https://tokyo2020-3.themedia.jp/
200件ほどの掲載記事をご覧いただけます。
ZIPANG-2 TOKIO 2020(VOL-2)
https://tokyo2020-2.themedia.jp/
615件ほどの掲載記事をご覧いただけます。
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